言葉が通じない」——。
最近、教育の現場でそんな違和感を抱くことがある。
小学1年生に向けて、語彙を噛み砕いて説明するのは当然
しかし今、その「配慮」の対象は中学生にまで広がりつつある。
彼らに何かを伝える時、無意識に、より平易な、より幼い言葉を選んでいる自分がいる。
圧倒的な、語彙量の不足。
その原因は何か。
読書離れ?
スマホの影響?
いや、「現代特有のコミュニケーション環境」の変化?
1. 「便利すぎる言葉」による思考の停止
今の時代、喜怒哀楽のすべてが「やばい」や「エモい」という一言で片付く。
かつてなら「趣がある」「切ない」「恐れ多い」と使い分けていた繊細な感情が、すべて一つの単語に集約されていく。言葉を使い分けなくても会話が成立してしまう「便利さ」が、皮肉にも表現力を退化させているように感じる。
2. 「タイパ重視」による余白の消失
効率を求めるあまり、物語の情景描写や心理描写を飛ばし、結末だけを求める「タイパ(タイムパフォーマンス)」の追求も一因。
言葉は、無駄とも思える文脈の中でこそ身につくもの。
動画の倍速視聴や切り抜き情報ばかりでは、言葉の持つ「味わい」や「ニュアンス」を学ぶ余白がありません。
結論は、触れる「回数」と「質」の問題
結局のところ、語彙は「触れた回数」で決まる
スマホによってキャッチーなネットスラングだけは増えているが
それは思考を深めるための「生きた言葉」ではない。
偶然の出会いに期待できないのなら、
大人が意図的に「言葉と出会う場」をデザインしなければならない。
その解決策の一つとして、
「語彙力を高めるウェブアプリ」の開発が必要
そしてもう一つ、
私たち講師に求められるのは、圧倒的な「例え力」
彼らの知っている狭い土俵まで一度降り、
そこから新しい言葉の世界へ引き上げる。
これが教育者の努め。

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